おじさんの戯言 猫付き

英語好き、猫好きのおじさんの戯言

死闘!🎬「国際理解」👨‍🏫

本日は「国際理解」のお話。

 とは言っても、皆さんがイメージされるような、さまざまな国の人たちが仲良く談笑し、お互いの名物料理を食べている...そんな「国際理解」のお話ではありません。もっと火花バチバチの「国際理解」のお話です。

 私は公立高校の教員でしたので転勤がありまた。私の諸先輩方の時期は、一度ある高校に赴任すると一生同じ高校なんてことも珍しくありませんでしたが、私の現役時代にはシステムも変わり、さまざま校種、学校を経験すべきとの方針からある程度の年月が過ぎると原則異動となりました。私の異動先の一つに英語の専門高校がありました。学年の1/4は帰国子女、1/4は「帰国子女」枠の規定には入らないけれど外国暮らしの経験が長い生徒...あとは英語がとにかく好きな生徒...カリキュラムも特殊で、第二外国語も選択必修となっていました。教科書もほぼ、LongmanやOxfordといった海外の出版社のモノを使い、基本は2年からはネイティブとのティーティーチングで、ALTの先生方も大学の先生が多かったような気がします。赴任早々、時間割を渡され、今年度はこれとこれを教えてください。ただ、科目名も初めて、生徒も初めて、ALTの先生もどこの国の人(失礼)だかわからない(第二外国語が大学並みに設定されているので)...その科目の中に『国際理解(International Understanding)』という科目がありました。週2単位の授業でそのうち1時間はALTの先生とのティーティーチングでした。授業が1週間もしない内に開始になっていしまうので、同僚にどんな科目か尋ねたところ「内容に指定はありません。「国際理解」に関することならなんでも構いません。教科書は特に決まっていません。生徒の国際理解を促す授業内容を自分で考えてください」...がび~ん!!その時のショックわかりますか?教科書があっても英語の専門高校では苦労すると思っていたのに...もしかしたら、誰も持ち手がいなかった科目を押し付けられた?(あとからそう聞いてショック)それから、当時の世界情勢として生徒に必要と思われること...1年間を3~4のタームにわけてトピックを決め、それに関する英語の学習をすることにしました。現在のようにインターネットがない時代、アナログの教材を必死で集めました。結局、中東問題、中国・チベットウイグル自治区問題、アメリカ合衆国の役割、のようにテーマ別に授業を進めることにしました。カナダ人のALTの先生もともて優秀で、私の授業内容を聞いてそれを補完する内容を、英字新聞やクイズ、風刺漫画などで生徒にわかりやすく説明してくれました。それから2年が経ち、授業にも自分のリズムができ、心の中では「生徒も国際情勢に関心をもってくれているし、もしかして、俺って良い授業してる?」自己満足に酔いしれておりました。

 世の中そんなにうまくは進みません。赴任して3年目に本当の意味での厳しい「国際理解」の洗礼を受けるのです。この学校では、海外からの高校生が頻繁にやってきます。「今回は2年生で担当してね..」なんて突然当日の朝に管理職から振られたりするんです。その日も突然、「中華人民共和国から20名ほど訪問するので授業の参加よろしく..」と言われ、5人ずつクラスに分けて面倒みるか...なんて調子でいました。話によると、お偉方(共産党幹部?)の子弟とのことでしたが、誰の子どもであろうと、授業はするだけとタカをくくっていたのです。私の授業はあの「国際理解」で参加してもらうことになったのです。年度最初の授業で「国際理解」とは何か、を語るつもりでした。折悪しくもテーマは『中華人民共和国、しかもWashington Post(だったはず)の一面のチベットウイグル自治区の暴動の記事...自分のクラスの生徒が前にやってきて、「先生やばいですよ、この記事は」確かに...でも差し替えはもうできない。強行しました。最悪!!!何が起こったと思いますか?教室の各々離れたところに着席させた中国人の高校生が、いきなり一斉に立ち上がり怒鳴り始めたのです。こぶしを振り上げ、配布した新聞記事を片手に「こんなのすべてインチキだ!こんなことを学校で教えていいのか!」それも男女関係なく、5人の生徒がすべて目が三角になって血管が切れそうになるくらい興奮しているのです。彼らが口にしている英語もあまりの興奮のために、英語が明確に発音できていません。教室には初めてその年度選択した生徒が40人集まってきていました。彼らの顔面は何が起こったのか理解できないといった表情で顔面蒼白...実は私も同じだったんです。どうしたものか。とにかく、落ち着かせて授業をコントロールしなくては...あえたゆっくりとした調子で(自分の動揺も抑える意味でも)「これは私の授業で、君たちはゲストである。そのように、教員に対していきなり怒鳴り声をあげるのは失礼ではないのか。まずは座りなさい。興奮していては君たちの英語もよく聞き取れない」日本人の生徒に対してはおもむろに、「国際理解とはこういうことを言うのだ。よく見ておきなさい」と言い、中国からの高校生に対しては、「この授業は「国際理解」の授業だから、お互いそれを実践して見せよう。まずは私の用意した教材を中心に西欧諸国からみた「中国の抱える問題」とその視点についてを説明させてもらいたい。その後時間をとるから、君たちの代表が中国側からみ視点を説明してもらう」。職員室でアジアの大きな地図を借りてきて黒板にかけ、第二次世界大戦後の中国の動きを説明し、西側諸国の視点を説明しました。その後は待ってましたと言わんばかりに代表が出てきて中国側の立場を説明しました。お互いに、この部分についてはどう思うのかといったことを質問しあって終わりました。最後には、お互いに落ち着きを取り戻し握手をして終わったような気がします。授業の終了したあと、その間息をずっと止めていた生徒たちから漏れたため息を今でも覚えています。

 いかがですか?「国際理解」とはこういうものだと私も教えられた授業でした。数年前に同窓会があり、その時授業に参加していた生徒と話をする機会がありました。あの授業がきっかけで国際関係のシンクタンクの会社に入社したのとこと。嬉しい限りです。

 授業のあと、管理職に事情を話し、大使館から何かクレームがきたら回してくれるように頼みましたが、運よく何もなく終わりました。

 懐かしいなぁ....あんなことはもう二度とごめんだけど。