本日は大阪の人との付き合い方のお話。(これ以降『大阪人』にします。ご了承を。)
大阪のイメージ...う~ん、大阪城、通天閣、あべのハルカス、どはでな看板、道頓堀、月の法善寺横丁(『包丁一本さらしに巻いて...』古い?)、(道頓堀川に投げられた)カーネルサンダース(古い!)、食い倒れ人形、戎橋、グリコ、上沼恵美子さん、阪神タイガース関連の居酒屋、甲子園、ヒョウ柄、御堂筋、大阪ラプソディー、あとは「粉もんグルメ」...こんな感じなんですが、大阪人が見るとどうなんでしょう...ちあう、ちあう、ちがいまんがな(大阪弁になっています?)と言われてしまうのでしょうか。表面しかみとらん...とおしかりの声をいただくことになるのでしょうか。
私は首都圏在住です。私は、関西(といっても大阪をイメージしていますが)にはなかなかなじめないような気がします。嫌いなのではなく、大阪人の間にうまく入り込めないんです。よく、大阪人との人の会話には「落ち」がないといけない...と言われます。一つの会話に丁々発止のやりとりがないとだめなようです。いわゆる「ボケ」と「ツッコミ」ですね。会話の中に「余裕」と「遊び」が必要なんです。私のように人見知りをする人間にとっては清水の舞台から3回飛び降りても無理なような気がします。小さい頃から鍛えられないと中々自然には出てきません。テンポがちょっとでもずれると、会話がパチッと決まらないのです。また、大阪弁ならではのイントネーションがあって変な「大阪弁もどき」を話すとかえってチェックされてしまいます。大学時代、叔父の大阪の赴任先に遊びに行ったことがあります。当時は大阪方面に行かないと「たこ焼き」は食べられなかったので、屋台で早速「たこ焼き、ひと箱」と発した瞬間、屋台のおじさんが「関東の人だね?どこの人、何しに来たの...」と大阪弁でまくしたてられ、絶句したことがあります。おじさんは親切心で言ってくれていたはずですが。また、200円のおつりを渡されるとき「ハイ、200万両ね!」と言われ、言葉に詰まってしまいました。なんて答えればよかったのか、未だに謎。そんな調子ですから、教員の研修で一緒になったコテコテの大阪の下町出身の先生は、周囲が「ボケ」と「ツッコミ」ができないので、自分ひとりで「ボケ」と「ツッコミ」を完結していました。だからといって決して排他的ではないのです。自分たちアイデンティティをしっかり持っているだけなんです。ですから、大阪の人が他の土地へ行っても、大阪弁のまま堂々と話しています。また性格的には、自分の感情に素直で、あっけらかんとしていて、他人の感情などお構いなしに見えてお人好しで人情味豊かなんです。江戸の武士の文化圏 vs 大阪商人(あきんど)の文化圏という感じがします。江戸にも長屋文化が存在し、現在の大阪のように、関東には独特の「こちとら江戸っ子だい!」といったきっぷの良さや利他的な人情があったはずなのですが、明治・大正・昭和と時代を経て、平準化した今では周囲の状況を読み(いわゆる「空気を読む」ってヤツ)無難に流そうとします。もしかしたら大阪人からすると、「すましている」とか「ええかっこしい」と見えるのでしょう。先日、カミさんが大阪で歌舞伎の舞台を見る機会があり、関東と関西でのお客さんの違いを話していました。歌舞伎でも「笑い」をとる場面があるようなのですが、関東では品よく「にや」ってすることろを大阪では本当におかしそうに「笑う」そうです。その乗りの良さに戸惑う反面、うらやましいとも話していました。また、座席を間違えた人がいて荷物を別の人のところへ置いて席を立ってしまった...当該の席の人が困って係の人に訴えたところ、「(全く他人の)近くのおばちゃん(失礼!)が「しょうがないじゃない、~すれば」と提案し、その場は収まった。間違えた本人が帰ってきて、当該の席の人が「あのこれはね...」と事情を説明しようとすると、再び近くのおばちゃん登場...今までの流れをすべて矢継ぎ早に説明したそうです。大阪のおばちゃん、恐るべし、そして暖かい...。東京の歌舞伎座だったら?たぶん周囲は気づいていても座席くらいのことだったら知らんぷりしているのでは...と思います。また、ホテルのスタッフの反応も違うと言っていました。あるホテルには名物の展望風呂がついている。パジャマで行っていいのか、悪いのが微妙な感じ...ホテルの人に聞いたところ...なんて答えたと思います?首都圏のそれなりのホテルのスタッフならパジャマOKならニコッと笑みを浮かべ「結構ですよ」辺り?それが、「もちろんいいですよ」、少し間があり(ニヤッと笑って)「裸でなければね」...どうですか、これが大阪でんがなぁ。(大阪弁になっています?)
隣の人は「他人」ではないのです。あくまで、コミュニティの仲間である意識がDNAに組み込まれているのではないでしょうか。首都圏では、あくまで隣の人は「他人」でほとんどの人は距離を置きます。大阪が回覧板がいまだに似合う長屋町人文化、首都圏がなんでもSNSを使うマンション武士文化といった区別ができるのではないでしょうか。その違いは芸能界の番組制作の違いにもないでしょうか。たとえばNHKの「ぶらぶら」系の番組を考えてください。やたらとそこ行く人を番組に巻き込んでいく『鶴瓶の家族に乾杯』は大阪型、案外と淡々と語り、時には一般の人に(礼儀正しく?)接する『ブラタモリ』は首都圏型...枠にはめすぎですかね。
年を重ね、人との交流が「めんどくさい」から「暖かいもの」と感じるようになりました。次の1人旅は大阪に行ってみたいな、と思う「おじさん」でした。
大阪の皆様、その際にはよろしくお願いいたします。
