本日は、一人旅をしていて気が付いた「当たり前」のお話。
旅行をしていると、ご当地グルメや観光など楽しいことにたくさん出会います。これ以上ない、といった息を飲むような絶景に偶然出くわすこともあります。そういった旅
の途中で反省させられることもあります。「他人のふり見て、わが身を直せ」、いい意味でも悪い意味でも考えさせられる...今日はそんなお話です。
地方へ行くと、信号のない横断歩道が増えます。首都圏では信号のない横断歩道に立っていても、渡れるなんてことはほぼありません。車の通行が途絶えるまでじっと立っているだけです。あきらめているんですね。統計上、首都圏では8割が歩行者を無視するようです。私も運転をしますが、あまり気にかけていなかったような気がします。それが首都圏(?、都市部?)から地方へ行くと違うんです。8割がたのドライバーが止まってくれるのです。山形の寒河江に行ったときのこと、道の幅は7~8m程度、山形名物の「もってのほか(食用菊)」狩りで畑まで車道を渡ろうと信号のない横断歩道のところに立っておりました。車が止まる...一体何が起こっているか分からない。ドライバーは当然の様子で車を止めたまま、何をしているんだという怪訝顔...渡っていいのか...と初めて気づきました。自分がそんなことはしないので(しないのは交通違反です)、気が付かなかったのです。また、道の幅とは無関係なのかもしれません。東海道53次を日本橋からとぼとぼと歩いてた時のこと、富士川鉄橋を渡りシャッターポイントを偶然見つけました。富士山をバックにススキと「碑」を撮りたかったんですね。道幅は、トラックがバンバン通る幹線。道路の挟んで撮った方が、画面に入る...スマホを構えたら、車の音が突然消えたのです...???えっと思ったら、ちょうど横断歩道のところで構えていたのです。両方向の自動車だけでなく、トラックまで全部止まってくれたのです。どうしていいかわからず渡ってしまいました。渡る必要がないのに...渡りました...ハイ。それ以来、私も地元に戻ってきても(交通規則はしっかりと守って)必ず、止まるようにしています。今まで、心無いことを平気でやってきた自分に恥ずかしいです。
(その時に撮った写真です。富士川には虹がかかっていました)



次もやはり東海道53次を歩いている最中のこと。きりのいいところで本日は終了、少し寄り道して観光でも...「美保の松原」でも行こうと「静鉄(だったと思います)バス」に乗りました。天気にも恵まれ最高の富士山を拝めました。もう夕方、復路は最終便だったと思います。暗かったです。ボーっとしてバスに乗っていると、停留所でとまったまま動かない...どうしたのかな、と見ると運転手さんがいない!えっと思ったら、車いすの人が乗車するのに、運転手さんが降りて手を貸し車いす用の場所に汗びっしょりでセッティングしているのです。2~3分?運転手さんは何もなかったように「発車します」といってバスを出します。同じ便で2回見かけたような気がします。病院が近かったこともあるのかもしれません。その動作や周囲の乗客の様子からするとそれが「当たり前」のことなのでしょう。「当たり前」のことがなかなか「当たり前」のこととしてできない現代です。やはり、「当たり前」と思えなかった自分を反省させられる一場面でした。
(「美保の松原」堪能しました、静岡の皆さんの暖かさに触れました)



世の中には、知らず知らずのうちに(悪気はないんですが)他人に対する小さな思いやりを忘れていることが多いです。反省、反省....🙄