本日は、先日行った平泉・松島・仙台への一人旅のお話。
今回も、愛猫チョラリ😹をカミさんに預け、5月中旬ぶらり一人旅に出かけました。
旅程は次の通り。今回は、世界遺産ともなっている平泉の藤原三代の栄華と浄土仏教、伊達政宗ゆかりの松島と仙台を2泊3日で巡るぶらり旅です。
今回も盛りだくさんなので3回に分けてレポートします。今日は第1日目、下の赤く記した行程です。
第一日目
東京(7:56)『はやぶさ103号』―(10:06)一関(10:15)東北本線 ―(10:23)平泉
(藤原三代の栄華と浄土仏教遺構)
『毛越寺(観自在王院跡)』(60分) 『中尊寺』(90分) 『高館義経堂』(30分)
ホテル武蔵坊 21,560円 (1泊2食)
第二日目
松島観光 (瑞巌寺・円通院・五大堂・観瀾亭)
松島センチュリーホテル 21,560円 (1泊2食)
東京(14:31)『はやぶさ20号』―(16:04)東京
残念ながら、旅行1日目は雨、しかも時々ざんざん降り🌂久しぶりに、上下完全防水、上が防水のウインドブレーカー、下はオーバーズボン...何か不審者スタイル...
世界遺産の街「平泉」は徒歩ですべて巡ることができるコンパクトな地区です。JR平泉から10分程度で「毛越寺」、そこから20分も歩けば《中尊寺》、その間に源義経終焉の地《高館義経堂》、《武蔵坊弁慶の墓》、《武蔵坊弁慶立往生》などが点在します。
《毛越寺》「もうつうじ」と呼びます。
慈覚大師(天台宗最澄の弟子)が東北巡遊のおり、霧で立往生。地面の白鹿の毛に導かれ白鹿のところへ。やがてどこからともなく、白髪の老人(薬師如来の化身)が現われ、「この地に堂宇を建立して霊場にせよ」と告げました。大師は一宇の堂を建立し、嘉祥寺と号しました。これが毛越寺の起源と言われています。藤原氏二代基衡(もとひら)から三代秀衡(ひでひら)の時代に造営を重ね完成に至ります。
あくまで浄土への誘いを祈願し建造したものですが、現在は庭園の部分や礎石しか残っていませんが、当時の栄華がしのばれます。








毛越寺の隣には藤原二代基衡の妻が建立した寺院跡《観自在王院跡》で、市民の憩いの場となっています。毛越寺の庭園同様、美しい池を中心に広い敷地が広がっています。


(翌日、雨が上がったので朝の散歩で再訪。やはり雨でない方が美しい)


《平泉文化遺産センター》
平泉の歴史や文化がコンパクトにわかりやすく解説されていて無料です。駐車場も広く、初めて平泉を訪れる人にとっては心強いです。

ここから15分もあるくと、源義経の終焉の地に到着
《高館義経堂》
ここでは、源義経、松尾芭蕉も見たであろう衣川・北上川の眺望でき、また「松尾芭蕉の有名な句碑」もあります。






そこから徒歩10分もしないところに

《立往生跡》は土産物屋の裏手にあり、見落としてしまう感じ...

《弁慶の墓》が《中尊寺》に参道入口「月見坂」になります。結構きつい上り坂...
数多くの堂宇を左右に見ながら、本堂、金色堂へと続きます。
《中尊寺》
天台宗東北大本山で850年慈覚大師の開山です。藤原初代清衡公が前九年・後三年の合戦で亡くなった人の供養と浄土を祈念して建立した寺で、平泉の文化の中心的存在です。





《金色堂》の隣には《旧覆堂》もあり、中を自由に歩き回ることもできます。当然、ここにも松尾芭蕉の「五月雨の振り残してや光堂」の句碑があります。
金色堂内部には藤原清衡、基衡、秀衡三代の遺体が安置され、泰衡の首級桶も収められています。本当に黄金に輝く金堂は細部にまで技巧にこだわりを見せた芸術品であり、「廟」を越えた存在となっています。

また、この時期の青葉が本当に綺麗です。

そこを出ると、中尊寺の鎮守である《白山神社》があり、その能舞台がまた歴史を感じさせる立派なものです。
また、駐車場わきには、金堂を解体修理したときに泰衡の首級桶から発見された種子から育てられた《中尊寺蓮》が見られます。約800年前の蓮がよみがえったのです。

《毛越寺》にほど近い宿泊ホテルに戻る途中で
《源義経の本妻・子供のお墓》にも寄りました。一説には、義経は妻子を殺害したあと、自害したとも言われています。

ここで一日目終了。平泉をゆっくり回るとやはり4時間くらいは欲しいですね。
2日目は『厳美渓』 『達谷窟毘沙門堂』『松島観光 (瑞巌寺・円通院・五大堂・観瀾亭)』になります。次回の旅日記をお待ちください。
★「ホテル滞在記」「グルメ体験」は別記事で😉