本日は、さだまさしさんの歌のお話。
私は、高校時代から彼のファンでした。グレープ時代からのファンです。「さだまさし」と聞くと何の歌を思い浮かべますか?「関白宣言」でしょうか...「雨やどり」でしょうか...シンガーソングライターはだいたい歌詞やメロディーに特徴があり、聴くと誰だか想像がつきます。ただ、彼は違います。私は彼の引き出しの多さにビックリします。大和言葉にこだわった抒情豊かな「和」のワンシーンを切り取ったような歌から、短編小説を5分間の歌の中に凝縮したような歌、そして思わずクスっと笑みがこぼれてしまうような歌、力強いプロテストソング、日々感じる喜怒哀楽の心の独り言を切々と語る歌、そして人生すべての人が平等に経験する「生老病死」を哲学者のように俯瞰する歌...おそらく、そのベースにあるのは、「人間賛歌」の愛です。
特に、今日紹介したいのは『生々流転』という曲です。1981年9月発売シングル、さだまさしが初監督を務め、出演、音楽も担当した映画「長江」の主題歌でもあります。元々「生々流転」とは、すべてのものが絶えず変化し続け、同じ状態でとどまることはないという意味です。
何回読んでも、心に刺さる歌詞です。
人間はちっぽけな存在...そして限りある命...その中で自分の経験する喜怒哀楽を避けることなく受け止め、前をまっすぐ見て歩んでいく...人間こうありたいと思います。
司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」で坂本竜馬に言わせた『男なら、たとえ、溝の中でも前のめりで死ね』を思い出します。
また、以前投稿した相田みつおさんの詩『こんな顔で』の仏頭によせた人生観にも重なります。
リズムは単調ですが、その単調さと「リフレイン」がよけい「人生」の奥深さを感じさせます。間違いなく、「さだまさし」を代表する歌の一つです。皆さんも是非一度は聴いてみてください。
(オフィシャルサイトより)

ああ あたりまえに生きたい
ささやかでいいから
ああ 前のめりに生きたい
ひたすら生きてゆきたい鳥は空で生まれて 魚は海に生まれたのなら
時間と呼ばれる 長い長い河の中で
きっとわたしは生まれた
生きるという奇蹟を
思い切り信じて過ごしたい
喜びと悲しみと憎しみと愛と死を
つまづき乍らでいいから
いつくしむ人になりたいああ あたりまえに生きたい
ささやかでいいから
ああ とても優しくなりたい
素直に生きてゆきたい道に迷い苦しみ
時には人のそしりを受けて
それでも笑って 胸張って生きられる程
強く強くなりたい
こんな小さな生命
それでもわたしにたったひとつ
逃げたあと悔やむより悔やまずに血を吐いて
ひたむきに歩ける程 勇気とちからが欲しいああ あたりまえに生きたい
ささやかでいいから
ああ 前のめりに生きたい
ひたすら生きてゆきたいああ あたりまえに生きたい
ささやかでいいから
ああ とても優しくなりたい
素直に生きてゆきたいああ あたりまえに生きたい
ささやかでいいから
ああ 前のめりに生きたい
ひたすら生きてゆきたいああ あたりまえに生きたい
ささやかでいいから
ああ とても優しくなりたい
素直に生きてゆきたい