本日は「給食」のお話。
先日、福岡市の給食での「鳥の唐揚げ1個」問題が、話題となりました。次が、NHKのwebニュースの記事です。

確かに、栄養価的にはクリアーしててもやはり、「寂しい」、率直な感想です。親だったら、これだったら「おやつを持たせたい」と思うかな。実は、この部分は本題の「まくら」です。本当にお話したいのは、現在の「給食」のおいしさです。
「給食」というと私とカミさんは盛り上がる話があります。私は67歳、カミさんは5歳年下です。どんなふうに盛り上れがるのか...当時つまり昭和40年代の「給食のひどさ」と「恐怖の給食指導」です。
〇「給食のひどさ」
正直、「豚のエサ」でしたね。「令和のコメ騒動」の時、誰か言ってましたね。立憲民主党の原田氏でしたか「古古古米は家畜のエサだ」といったのは...昭和40年代の「給食」知っていますか?「家畜のエサ」です。実は、このブログにいかに貧しい、まずい給食だったか...お伝えしたく画像を探しましたがどれも「デタラメ」です。おいしすぎます!「デタラメ」の画像で記憶を上書きするためにわざと「おいしそうな給食」をアップしているのではないか...と悪意を感じます。
基本は、①食パン(パサパサの2~3日古くなったような)ミニサイズ4枚、ほとんど味のしないマーガリン、②おかず(汁もの-トン汁、カレーやホワイトシチュー、固形物-クジラの龍田あげ、魚の揚げ物...)、③脱脂粉乳(牛乳の脂肪分を抜いたもの)、④おしたし(ほとんど醤油の味しかしないモヤシや変な味のレーズンのクリームサラダ?)...とにかく「まずい」..何度でも言います。「豚のエサ」です。
「食育」とはよく言ったもので、「給食」がその後の偏食を助長していたと断言します。私のカミさんは豚肉が食べられせん...給食に出た「トン汁」のほとんど赤身のないピロンピロンの脂身が95%の豚肉とゴリゴリのジャガイモ、変にヌルっとしている大きりの玉ねぎ...そのコンビネーションがいまだにトラウマのようです。カレーだって、ホワイトシチューだって「色」だけです。「カレーもどき」「シチューもどき」です。まずい...私はいまだに「ホワイトシチュー」というと腰が引けます。野菜も同様、おそらく、日本が貧しかったからでしょう。今だったら捨てている部分を「エコ」に調理して子どもに食べさせていたのです。もちろん状況はゆっくり改善していきます。今でも覚えています。脱脂粉乳やハト茶ミルクではなく普通の牛乳が出てきてとても喜んだことを...そしてバナナが給食に出てきた時の教室の歓声を...私のカミさんは5歳下、小学校の5年は新入生と5年生ですから事情は大分違います。私が5,6年になって初めておかずに「シュウマイ」、「ソフト麺」を味わったのに、カミさんは新入生からそれが「当たり前」だったのです。私の知らない、「揚げパン」など食べているみたいだし。
〇「恐怖の給食指導」
昔(昭和40年代)は、「給食は完食」が義務でした。残していいのは、パン2枚のみ、あとはおかず類は完食が義務だったのです。ただ、「豚のエサ」はどうしてものどを通らないのです。「おいしい」といってる友人(気持ちが全然理解できない)を横目に見てダラダラと食べ続けるのです。昼休みが終わって、授業が始まっても「完食」できない児童は食べていました。食べたものを戻しそうになっても無理にたべるのです。情けなくて涙がでてきます。私が目撃した最も悲惨な指導は、放課後掃除の時間になっても机を移動しながら食べ続ける指導でした。一種の『拷問』です。
学校では、PTAの給食体験なんてのもあるのですが、全然その日だけメニューが違う...メニューが同じでも中身が全く違うのです。子どもながらに、大人ってズルいんだ...と思いました。特に、私たちが泣きながら給食をたべているのに、先生は隠れてかつ丼食ったりしてたこともあるのです。今だったら、投書ですね。
その中で、現代報道される「給食」のおいしそうなこと...たとえ、それが「から揚げ1個」だけだったとしても、ただただ、羨ましい。多分、いまだに「一人旅」をしていて、バイキングに心が踊るのはこの幼児体験があるのかもしれません。
「食育」は大切です。栄養的な面だけでなく、食事の楽しさや大切さも育みます。私も、カミさんも成人して、初めて本物の「味」を知って食べられるようになった食べ物もたくさんあります。「給食」は大切です。最近では本物の「おいしさ」を子どもたちには味わってもらっているようで、羨ましいと同時にこんな時代になってよかったな、とつくづく思います。
「から揚げ1個」の記事を見て、遠い昔の「給食」の記憶が悪夢と共に思い出された次第です。
