本日は、教育機関で実施されている「授業評価」のお話。
昔と違って、「先生は偉いんだ、文句をいうな」という時代は終わりました。現在は、生徒にコケにされるだけでなく、親まで「モンペ」(※モンスターペアレント(モンペ)とは、学校に対して理不尽な要求や非難を繰り返す保護者のこと)として学校におしかけてくる時代になりました。それに対し、「お上」は腫れ物にさわるように対応し、現場の教員は両手・両足を縛られてサンドバック状態です。確かに...と思える点もありますし、昨今の教員による不祥事、わいせつ案件を見ると教員が叩かれても致し方ないと感じます。
それは、横においといて...本日の本題は各学校で実施されている『授業評価』です。
現在、上記生活面だけではありません。授業に関しても、「お客様(この場合生徒)の満足度調査」が実施されています。ホテルや旅館に宿泊した時の「アンケート」ですね。『授業評価』です。以下が質問項目のサンプルです。

項目は「なるほど」と思えます。立派です。これを生徒が4段階で「当てはまり度」で記入するわけです。どっちでもない...の「3」はないのです。極端な話、授業の各項目に「良かった」か「悪かった」のどちらかで判断するのです。全国津々浦々の学校の個々の教科・科目で生徒がこれらの項目を理解し、きちんと判断できると思いますか?しかも5分程度で記入です。しかも、自由記述瀾に「聞く価値なし」「寝ていた方がマシ」「つまらない」などと書き放題...どんなアンケート調査をしようと、なんでも「〇」をつける生徒もいれば、なんでも「✖」をつける生徒もいます。アンケート以前の生徒だっているのです。このような授業評価を集計して、「将来の教育」、「学習指導要領」の策定に生かすのです。乱暴だとは思いませんか?
しかも、このような『授業評価』を基に、学校ごとに研修会まで開き、グループ協議、全体会と話し合い、「生徒の主体性を生かしながら、双方向の授業を意識し、これからの時代を生きる力をつける」みたいなところで落ち着くのです。結論がわかっている申し訳ないけれど「退屈な会議」です。
授業に対して、教員が謙虚でなくてはいけないのは当然です。日々研鑽しなくてはいけません。実は自分の欠点は一番自分が知っています。私は、上のような項目表を年度末に教員に渡し、自己採点し、次年度に向けてどこを意識して授業を展開していいくかを提出させる...それが、実のある『授業評価』だと思います。年度当初に提出させる「自己目標」の教科の瀾の内容になるのだと思います。もし、「いくら何でも...」という教員がいたら、管理職が指導すればいいんです。※そこまでの教員に対しては周囲もだいたい「そうだね」と納得して「パワハラ」とは考えません。むしろ、指導の必要のない教員に難癖をつけることが多い?
文部科学省は、データを収集して資料にするのが好きです。そのデータづくりに現場は忙しくなります。当然、客観的データに基づいて色々な方針を決めていくのですから理解できます。ただ、沢山の資料を作らせていながら、一方で下々の教員が学校教育に思っている本音や、現在の学校教育に関する矛盾を集めることはありません。自分たちの思った方向の理由付けのための資料づくりです。
『授業評価』も、どこか外国の「先進的」な教育理論から始まったものを導入したものだと思います。日本独自の『授業評価』があってもいいのではないでしょうか。アジア・アフリカの各国で日本の教育制度を取り入れ、成功している話もよく話題になります。自信をもっていい。もっと主体性をもった教育行政の望みます。
いかにも、一線を退いた偏屈な「高齢者」教員の意見でしょ?真面目な本音です。😤