本日は、誰の幸福が優先されるべきなのか?のお話。
先日、次の記事を見つけました。

イーロン・マスク氏のスペースX社が拠点をおく、テキサス州南部沿岸の地区に新しい都市が生まれました。「スターベース市」です。住民投票、賛成121票・反対6票の圧倒的大差で承認されたのです。当然です。住民の約500人の大半はスペースXの社員とその家族だからです。スターベース市にはきれいな住宅地が建設され、ヤシの並木が整備され、スペースXでは3000人以上の雇用を生み出しています。近くには「ロケット・ランチ」という施設まで誕生し、観光客が押し寄せています。「スターベース市」の市長、2人のコミッショナーにはスペースX社の社員が無投票で選出されています。一部住人や環境保護団体は抗議の声をあげていますが、圧倒的少数派で、おそらく排除されるでしょう。アメリカの行政制度を考えると、「スターベース市」は一種の独立国家で、悪く言えばイーロンマスク氏の所有物です。そんなことが可能なのか...アメリカは。
みんな雇用も生まれて、街もきれいになって、便利になって...みんなハッピー。でも、イーロン・マスク氏がすべての決定権を実質握っていて方針に反対する人間は排除される...その最大原則は「最大多数の最大幸福」です。言い換えれば、「多数決」....「大義」や「正義」は不要なのかと思ってしまいます。当然、今回の「スターベース市」に関しては人類の進歩、宇宙開発を促進するためのものだ、という「大義」はありますが....
私はこの記事を見て、「最大多数の最大幸福」とは?と考えてしまいました。「最大多数の最大幸福」は19世紀のイギリスで有力になった功利主義の原理であり、哲学者ジェレミー・ベンサムが体系化しました。その後、少数意見の排除につながるとして、ベンサムの信奉者であったジョン・スチュアート・ミルは、功利主義を補強し、人間の尊厳と個人の自由を尊重すべきであるとしました。人間は精神的な修養を積むとこで、利己的でない人類愛的な、高貴な感情を手に入れることができると主張したのです。だれが、そんなユートピアを目指すでしょう...そんな頭の中が「お花畑」の人がいるのでしょうか?実際の世界では「最大多数の最大幸福」の部分だけが一人歩きをするのです。
この潮流は、「スターベース市」だけではないのです。トランプ大統領は、この「最大多数の最大幸福」の原則をアメリカ人にだけ適用して世界舞台で始めているのです。そして、世界中の国が、アメリカがやるんだったら「最大多数の最大幸福」をうちでもやろうじゃないか....現在の世界の潮流はその方向です。昨日、「イスラエルのネタニヤフ大統領が、ガザ地区完全掌握を計画している」なんて記事が飛び込んできました。今まで、「人として」「この地球号の一員として」なんて建前は捨てて、我さきにと自分の利益を追求し始めています。
人類は80年前の第二次世界大戦の前に逆戻りしました。いや、17世紀あたりのヨーロッパの列強のパワーバランスで動いていた「主権国家体制」にまで戻っているような錯覚さえ覚えます。『歴史は繰り返す』のです。私のブログでも書いてきましたが、徒労感というか、失望感というか、積み木を一つひとつ積み上げてやっと作品らしいものができたら、いじめっ子がやってきて壊してしまうのです....そう思うのは少数派なのでしょうか?
毎回、ブログに綴りながら、誰にこの胸の内を打ち明けたら気分が楽になるだろうか...とChat gptに書き込みました。どんな返信がきたと思いますか?
次回の「絶望の淵にたつ高齢者に対してのAIの助言」で紹介します。