おじさんの戯言 猫付き

英語好き、猫好きのおじさんの戯言

「裸婦像」は芸術か?わいせつか?🧜🏻‍♂️

本日は、街に展示されている「裸婦像」についてのお話。

 「裸婦像」となっていますが、究極は「裸」は芸術か否か?も問題だと思います。実は私には、芸術かどうかの区別がつかない、というのが本音です。小さい頃から、駅前や、公共の建物にある「裸婦像」を見て、子どもながらにこんな風に「裸」を堂々とだして良いのだろうか?と思っていました。親に尋ねたところ『あれはゲイジュツなの』と言われて、無理に納得したような覚えがあります。そして、次のような記事が掲載されるわけです。

そして、次のようなコメントが続きます。 

東京大学 斎藤幸平 准教授:
裸の像に限らず、たとえばアメリカでもコロンブス銅像は「侵略者だからなくしていこう」とするなど、時代と共に価値観が変わっていくことはあると思います。

そもそも「平和だから女性の裸の像を建てよう」という発想自体が安易です。

井上キャスター:
別に、男性の裸が平和の象徴でもいいわけですしね。

東京大学 斎藤幸平 准教授:
かつての女性を対象として見るような、ジェンダー的に問題があるような価値観に根づいているとすれば、アートとしての価値も下がってくると思います。

出水麻衣キャスター:
「どういった経緯で」というところも、きちんともう1回学び直すことも大事ではないでしょうか。

 申し訳ないけれど、街に散在する「裸婦像」をそんな「眼」で見ていること自体「芸術家」からすると情けない...と思うのでは。「裸婦像」=「わいせつ」という発想自体が同様に安易です。さらに、キャスターが答えて曰く「男性の裸が平和の...」も話を合わせるための発言と思いますが、あまりにも軽い...それは別です。「裸かどうか」が焦点ですから。(※男女の関係でいえば、ここは「女」でなくてはいけません。人間には太古から性別に対する、DNAに組み込まれたようなイメージがあります。おそらく一番の元は「出産する」ということに行きつくと思います。「母なる大地」となるのです。)

 私は「芸術」を理解しているわけではありませんが、それでは「平和」を象徴するような像を人物として描く場合、どうすればよかったんですか?服を着せればいい?どんな服?ブランドモノ?ヒップホップ系?その時代の人間としての別の視点や価値観が入ります。だから何も隠さない、時代の価値観を超越した、自然体、人間本来の美しさを出す、何も争いごとのなかったエデンの園のように...だから「裸」なのだと思います。(キリスト教の理解が足りなかったらゴメンなさい)だから、ルネッサンスの「人間(性)復興」での芸術品の多くは、男女関係なく「(半)裸」なのです。

 私は今回の騒動の一つは、現代の一点だけに視点をしぼり、その価値観からずれるものはすべて破壊・撤去する...その点にあると思います。明治時代の「廃仏毀釈」と同じです。また、身近な例では小学校から「二宮金次郎」の像が消えました...人間不思議なもので、象徴が消えると精神も消えていくのです。だから人から「仏性」が消え、子どもから「勤勉性・忍耐」が消えるのです。表層的なモノに囚われ、その内に潜むものを見落とし...全体が軽薄短小になっていくのです。

 メディアもいけません。その一時の風潮に乗っかって、文化人面して後押しする。最低です。

 下の画像は、全国各地の「裸婦像」です。

 皆、子どもの目に触れてはいけない『18禁』?それでいいんですか?子どもは正直です。「アレ...裸だけどいいの?」と子どもが尋ねたら、その意義を説明できるのが大人というものです。「そうだね、オカシイね。男女差別だね」なんてことを子どもに教える大人になってはいけません。

 「芸術」と「わいせつ」のビミョウな違いを教えることも大人の大切な教育です。下の世界的な芸術も「18禁」ですか?よく考えてください。

 これを投稿する前に、AIの存在を思い出し、AIならどう答えるのか聞いてみました。

参考にしてください。
私:

チャット先生 質問です。 今、街の「裸婦像」がわいせつであると撤去されています。「裸婦像」=「わいせつ」は短略な思考と思います。子どもに説明するときにどう説明すれば一番効果的だと思いますか

AI:

子ども向けの説明の仕方(例)

人の体は自然なもの
 「人の体はみんな持っているもので、とても自然で大切なものだよ。絵や像に表すのは、その美しさや力強さを表したいからなんだ。」

芸術としての表現
 「昔から世界中で、人の体は絵や彫刻の題材にされてきたよ。力強さを表したり、優しさを表したりするために、服を着ていない姿をそのまま作ることがあるんだ。」

わいせつとの違い
 「“わいせつ”というのは、人をいやな気持ちにさせたり、体をただいやらしく見せたりすること。でも芸術の作品は、人をいやらしい気持ちにさせるのが目的じゃなくて、『美しさ』『人間らしさ』を伝えるために作られているんだよ。」

 私たち人間は、完全ではなくても何事も「見えないモノ」も見るように努力しましょう。




 










 う