おじさんの戯言 猫付き

英語好き、猫好きのおじさんの戯言

本当に失礼...だけど...📺

本日は、ニュースでの扱い「偏向」についてのお話。

 下の記事を見てください。

 人気のあるチームは世間の関心が高いので、そのチームを中心に記事を組むのは他のチームに対して失礼ではないか...という記事です。

 同感です。どのスポーツでも同じです。

「女子バドミントン」を見てください。

 同じ日本人チームなのに「シダマツ」が敗れたことが前面です。「国民が知りたいと思っているのだからうるさいこと言わない」と言われてしまいそうですね。

 確かにニュースソースになる人物には「スター性」というのがあります。いわゆるあの人には「華がある」と言う部分です。これだけは、なんともしがたい部分ですね。先日行われた、「世界陸上」の扱いを見てください。

 17歳の久保選手は予選落ち、井戸選手は14年ぶりの準決勝進出、でも予選落ちの久保選手は写真入りで記者の励ましの気持ちまで文字で起こされています。もちろん、「高校三年生なのに、頑張ってる」という客観的な部分にプラスαの要素が加わっているのでしょうね。私も高校生を教えているので、何となく理解してしまいます。

 ただ、同じ「華」でも男女差別(区別?)が存在するような気がします。

 女性の場合は「ルッキズム」...あれほど差別だ、けしからんと言っている割にはそれに流される。「ちょっと小奇麗(失礼)」だと、やたらを画面に登場させる、持ち上げる...「美しすぎる○○」、周囲の同性はどう思うのでしょう...アイドルならいいんです。『ロコソラーレ』の藤沢選手、『シダマツ』の志田選手(彼らはパフォーマンスも確かに一流ですが)など典型です。でも「華」があるからいいんです...見たいから許されるんです...でいいのかな、と思います。アイドルならそれで勝負...するのもありでしょうが、スポーツはパフォーマンスです。少なくても前面に押し出すことではないと思います。口には出しにくいですが「下品」な感じがします。

 それはスポーツだけではありません。政治だって同じです。政策よりも「顔立ち」で話題にすることがありませんか?またも「美しすぎる○○」です。実際、集票力は高いと思います。

 男性の場合は、やはり「強さ」が「華」の中心部分を占めます。でも、やはり記事の取り扱いはやはり「偏向」を感じます。

 次の記事は将棋の「藤井聡太」です。

 やはり、見出しは勝者ではなく敗者です。

  ただ、一概に「偏向」は悪だと言い切れないことも事実です。単なる「華」ではありません。共通点は「偏向」してもらえる当人に「絶対的(と思われる)実力が備わっている」ことです。難しいですね。大リーグの大谷翔平のニュースばかり取り上げられる...でも前人未到の記録を次から次へと打ち立てていく人物を追いたくなるのは当たり前のこと...

 さらにこの問題を突き詰めていくと、最終的には「好き・嫌い」のなるのです。理屈ではなく本能に近い...昭和世代の日本の高度成長期の流行である『(プロ野球の)巨人、(力士の)大鵬、(食べ物の)卵焼き』の世界です。セリーグパリーグ、話題のセリーグ、実力のパリーグ...また引退するのだったら「巨人」で....日本シリーズだって、その組み合わせによって視聴率だって違ってくる...

 そう考えていくと、やはりメディア側の「ほどほど」の良識をもった報道姿勢しか解決策はないような気がします。視聴率、販売部数はそれで食べてる人にとっては至上命令です。食べていく糧です。そんなことに構っちゃいられない...でも、時に、「偏向」の行き過ぎに待ったをかける声も絶やしてはいけない気がします。