本日は、昔懐かしい「ブルマー」のお話。決して、下品なお話ではありません。
私の学生時代と学生が身に着けるもので一番変化したのは「体育着」です。現在、冬用でいわゆる「ジャージ」、夏用で「ハーフパンツ」です。現在は、男女ともにサイズは違っても、デザインは変わりません。昔(半世紀前?)と違い、動きやすくなったものです。木綿のトレパンを履いていた時期は何だったんだろうと思います。
(左が秋冬)(右が春夏)


体操着、というと思い出すのが女子の「ブルマー」ですね。なんで、あんな恰好をさせなくてはいけなかったのか?正直「下着」と変わらない...色を「黒」にしただけの「パンツ姿」をさらしている...それも女子だけ...そんだったら、男子は「ふんどし」で...でも男子は「短パン」を履いていた...
わからないことがあったら、歴史を紐解け...調べてみました。Wikipediaを調べたら、掲載されていました。以下が、要約です。
<起源>
ブルマーは、19世紀中頃、コルセットで腹を締めるような当時の下着に反発した女性解放運動家エリザベス・スミス・ミラーによって、自由度が高くゆとりのある下着として考案された。名前の由来には諸説あるが、ミラーの発案を「リリー」誌上で紹介した女性解放運動家アメリア・ジェンクス・ブルーマーに由来する説が有力である。女性解放運動家はこのブルマーで講演活動を行ったが、その姿は嘲笑の的となり、一時廃れてしまうが、20世紀に入り、自転車、テニス、乗馬などのスポーツを女性が楽しむようになると、ブルマーは運動着として着られるようになった。この頃のブルマーはニッカーボッカーズボンのようにだぶつきがあり、膝あたりまで丈があった。
<日本における普及と衰退>
明治時代、女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)の女子体育で、留学先のアメリカから井口阿くりが持ち帰ったブルマーが体操着として1903年に最初に紹介され、大正末期から昭和初期にかけて女学校で採用されるようになった。次第に丈が短くなり、いわゆる「ちょうちんブルマー」が1960年代半ばまで主流となる。1960年代後半から織物製のちょうちん型に代わって、合繊ニットの密着型ブルマーが女子体操着として急速に普及した。1965年までは12%ほどだったが、その後5年間で50%に到達、70年代前半の間に76%にまで広がっている。東京オリンピックで日本が金メダルを獲得した女子バレーボールが普及のきっかけともいう説もあるが、当時のバレーボール日本代表選手たちが密着型ブルマーを下着のようで恥ずかしいと断ったという証言から、バレーボール普及説は確かではない。(ここからは『ブルマーの謎〈女子の身体〉と戦後日本』(青弓社)の著者の山本雄二氏の説)戦後、文部省が作成した「新教育指針」により学生スポーツは勝利至上主義的をやめ、全国規模での大会が禁止となったが、東京オリンピックでの成績不振から文部省は全国大会を容認。中学体育連盟(中体連)は多くのスポーツ全国大会を主催する資金を得るため、制服メーカーの商品に推薦を与えるかわりに、資金援助をしてもらうようになった。1966年、菅公学生服(当時は尾崎商事)は全国中学校体育振興会(中体連の指定機関)から体育衣料指定メーカーとして全国唯一の推薦指定を受ける。これは密着型ブルマーの普及時期と一致しており、メーカーが推薦指定をセールスポイントに学校に営業をかけ、急速な普及につながったと推測している。
(びっくりする記述が続きます)静岡県の清水市立飯田小学校(現・静岡市立清水飯田小学校)では1972年ごろ、男子の体操服にもブルマーが採用されていた(極端に丈の短いショートパンツだったという当事者等からの証言もある)が、直ぐにショートパンツに切り替わったとの学生服店のオーナー等の関係者からの証言がある😮
<反対運動と衰退>
思春期の少女にとっては、足の付け根まで露出し、「体形が丸見え」「下着同然」密着型ブルマーは非常に不評であった。1987年、名古屋西高校で女子生徒の体操着として新たにブルマーを導入したところ、生徒による反対運動が起こった[。1988年、朝日新聞で女子中高生がブルマーに反対する投書が掲載された。1990年代に入ると、ブルセラ趣味が商業的に展開され、ブルマーが性的好奇心の対象として一般に認知されるようになり社会問題として取り上げられるようになっていった。1989年に新語・流行語大賞にもなったセクハラの概念も後押しとなり、密着型ブルマーはハーフパンツやジャージーに移行していき、教育現場から一部を除いてほぼ使用されなくなり、2000年代に入るまでには消滅し、以降は学校教育の場で使用されることはなくなった。


実は、こんなことを書きたくてこの投稿をしようと思ったわけではないのです。私も、カミさんも同じ地元、横須賀の出身で(ピタっとした)「ブルマー」のことを「P(ピー)パン」と呼んでいたのです。では、(ぶかぶかした)「ブルマー」のことは?「ちょうちんブルマー」です。世の中に人は「ブルマー」はぴったりと体についたヤツ(いわゆるPパンです)で、「ちょうちんブルマー」はそのままの呼称でよんでいたようなのです。言い換えれば横須賀人は「ブルマー(昔の女子の体操着下)」の範疇の下のグループに「Pパン」と「ちょうちんブルマー」があったのです。世間では「女子体操着下」の範疇のグループに「ブルマー」と「ちょうちんブルマー」があったのです。先日、夫婦で「Pパン」の話が出て、「P」って何てことになり、調べてみたらビックリ横須賀方言(?)...『ピーパンとは、PTA推奨パンツの略らしい』ことが判明...よく、地元でしか使われていない言葉や事物がよく語られますが、「Pパン」だけは67年生きてきて初めて「方言」だと知った次第です。
思わぬところで、思わぬことを知った次第です。もしかしたら、他にもあるのでしょうか😓
※そういえば、私の父(神奈川県 平塚出身)で死人のことを「しんだんじん」と言っていたので、私はず~っと正式な日本語と思っていたのですが、結婚してそんな言い方は初めてだ、とカミさんに言われてビックリしました。同じですね。でも、これは、地域によるものなのか、私の父の実家の家庭内「方言」だったのかいまだに不明です。

