本日は、先日出かけた、北関東を走る「両毛線」沿線の旅のレポート第三弾です。
両毛線《栃木》ー《佐野》ときて《足利》です。



足利といえば、「足利幕府」を開いた「足利尊氏」ですね。何となく、南北朝のイメージから関西...という感じがしますが、ここが本拠地です。街のどこを見ても「足利氏」の家紋が見えます。


この足利の街で絶対外せない観光ポイントが<足利学校>と<鑁阿寺(ばんなじ)>です。
<足利学校>
下野国足利荘(現在の栃木県足利市)にあった、平安時代初期(もしくは鎌倉時代)に創設されたと伝えられる中世の高等教育機関で「坂東の大学」と称された施設です。
室町時代から戦国時代にかけて、関東における事実上の最高学府であり、足利学校の様子を、キリスト教の宣教師フランシスコ・ザビエルは「日本国中最も大にして最も有名な坂東のアカデミー(坂東の大学)」と記し、足利学校は海外にまでその名が伝えられたくらいです。扁額に「学校」とあるのはここだけです。立派な施設です。茨城県にある水戸の藩校「弘道館」も立派ですが、かやぶきの屋根といい、さらに歴史を感じます。
(「足利市HP」より)




(図書館)「遺蹟図書館」



(孔子廟)

<方丈>





(寮生用の宿泊勉強室)「衆寮」


先人たちの「努力」が肌で感じられます。
そこから10分も行かないところに、国宝「鑁阿寺(ばんなじ)」があります。
<鑁阿寺>
源姓足利氏2代目義兼が建久7年(1196年)邸内に持仏堂を建て、守り本尊として大日如来を祀ったのが起源、3代目義氏が堂塔伽藍 を建立し足利一門の氏寺としました。
本堂は国宝で、その他の建物も国指定重要文化財に指定されています。また、濠に囲まれた境内は日本百名城にも選ばれています。境内には、おだやかな空気が流れています。特に、料金所のようなものはなく、朝早くからの参拝も可のです。思わず、手を合わせてしまうそんな領域です。

(本堂ー国宝)


(多宝塔と大イチョウ)


(一切経堂)



濠も美しいです

境内には、足利のソウルフードである「ポテト入り焼きそば」「足利シウマイ」が味わえる「大日茶屋」もあります、ソウルフードに関しては、<各地のソウルフードを求めて 🚅 60代からの「一人旅」番外編>で別投稿でレポートします。


この日はこれでホテル宿泊。ビジネスホテル「わかさ」さんです。この宿泊レポートも<宿泊編>で詳細レポートします。まずは外観まで。鑁阿寺の目の前!

翌日、朝早く起きて、あの森高千里のヒット曲『渡良瀬橋』の舞台となった、<渡良瀬橋>と<織姫神社>を訪問。
ホテルから10分ほどで<渡良瀬橋>には到着します。ゆるやかに流れる渡良瀬川、歌詞にあるようにここから見る夕日はきれいなんでしょうね。



また、下流には中橋という立派な橋もかかっています。でも、歌にはこちらなのでしょう。

両毛線は昼間は1時間に一本のローカル線...歌詞の中にある「電車にゆられてあなたは会いに来てくれたわ」とこののどかな風景がマッチします。歌詞の中に出てくる「八雲神社」や「理髪店」も実在するようです。(すぐ近くにある「八雲神社」とは別です。調べたら3か所もあるのです。時間がないのでそこまでは到達できませんでした)
そこから、徒歩10分足らずで<織姫神社>です。
<足利織姫神社>
『足利来るなら織姫様の 赤いお宮を目じるしに カラリコトントン カラリコトン 足利絵の街 機の街』と足利音頭に歌われた足利織姫神社。明治12年創建の新しい神社ですが、火災により焼失、現在はコンクリートで昭和12年に建て直されたものです。
現在は、『縁結び』を前面に売り出していますね。7色の鳥居などもありますが、とにかく階段がキツイ...7色の鳥居どころではありませんでした。ただ、本殿から見る足利の街はとれもキレイ...上る価値はあります。





ここからホテルまで徒歩10分...預けた荷物をとって両毛線沿線最後の降車駅 JR桐生駅に向かいます。乗り遅れたら、1時間ですから、急ぎます。
次のレポートは「両毛線」沿線の旅④最終回《桐生》となります。また、見てくださいね😉