本日は、「刷り込み」によるイメージ定着(!?)のお話。
親戚の家で過ごした時、その家の5~6歳くらいの男の子が発した言葉にびっくりしました。テレビで年末恒例のベートーヴェンの第九の話題が放映されていたときのこと、「ベートーヴェン」の名前が出た時、その男の子が「この作曲家、変な名前...ベートーヴェンだって...猫みたい...」聞いた瞬間、何を耳にしたのか理解できませんでした。実はその家のご主人、音楽の先生で猫に「ベートーヴェン」と名付けていたのです。つまり、男の子からすれば「ベートーヴェン」は猫なのです。
「ベートーヴェン」のことを笑うことはできません。だって、我々だって「タマ」と聞けば猫をイメージしますし、「ポチ」といえばほぼ犬であろう...と思います。私は、小さい頃「小野妹子」は女の人だと思っていました。だって「子」がついているから...また、親戚の男の子と同じ年ごろで父の実家に遊びに行くときに必ずある駅で(当時は国鉄)増結車両連結のために停車します。暇なので周囲を見回します。必ず目に留まるのは高台にあるマンション(当時はマンションは珍しかったです)、その名前が「ホワイトハウス」。確かに外観は「白い」のです。そのイメージからずっと「ホワイトハウス」とはここのことと思っていました。それにしても、ニュースでよく出てくるけど..似てないな...「ホワイトハウス」は一般的にはアメリカ大統領官邸であることを知ったのはずっと後のことです。
「語感」などと軽く口にしていますが、案外と「語感」っていい加減なもの、単なる「慣れ」の所産なのかもしれません。
その「刷り込み」のイメージの固定化を防リハビリのような「語感」訓練のような動きがあります。現代の命名です。
学校で非常勤講師をしていますが、ここ数年で生徒の名前の半分以上は読めなくなりました。「当て字」が多く、読み方が分からないのです。少し前、「キラキラネーム」とか話題になりましたが、それ以外の名前の子どもは少数派です。読み方が分かっても「ユニセックス」が感じで男女の区別も「語感」では判別できなくなりました。さらに、最近は学校の生徒名簿は男女混合名票となっています。まだ、悪条件が加わります。現在は、多くの学校で制服が女の子もズボン選択が「可」となっているので、髪の毛が長く、前髪をたらし、声が小さい...眼鏡をかけていると本当に見た目でさえ、男女の判別がつかない...授業に本質的には「男女」は関係ないのだから...と言われればその通りですが。
言葉に関しては「〇〇っぽい」の固定観念は捨てる時期に来ているのかもしれません。小柳ルミ子っていうオランウータンがいたっていいし、役所広司っていう金魚がいてもいいんです...
あたまを柔らかく、柔らかく😇
