おじさんの戯言 猫付き

英語好き、猫好きのおじさんの戯言

大学生諸君に告ぐ!!!🧐大学は教わるところではない😉

本日は、大学に「期待するもの」のお話。

 次の記事をご覧ください。

 この後、記事は続きますが、タイトルで現代の大学生気質がわかるような気がします。大学の先生から話を伺う機会がありますが、昔の学生よりも授業の出席率は高いようです。ですから、出席率が高いゆえに、上のような不満が出てくるわけです。「大学の授業がふわっとしていて...」わかります...私もそうでした。ある意味では、私は大学4年間、無駄に過ごしてしまったのではないかと後悔しています。

 学業そっちのけでサークル活動やアルバイトに精を出している大学生は論外として、授業は真面目に出ているし、それなりに勉強をしているけれど、これを学んだという実感が持てない大学生の皆さんに、私の実体験のお話をさせてください。

大学の勉強は「主体性」をもって臨むことです。

 私は、大学でも勉強に関しては、中・高のようにすべて教えてもらえるものだと誤解して大学に入学しました。まず、時間割を組みます。それぞれの科目の教科書を購入します。大体、担当講師の執筆したものがテキストとなります。「法学」なら「法学概論」のようなテキストを購入するわけです。半世紀前でも何千円という値段がしましたので、とんでもなく高価...しかも大学で講師が授業に年間で使用するのはその十分の一以下...自分の本を買わせるためにやっているのか...などと不満を持ったものです(実際にそういた側面も否めません)問題はそこではありません。「十分の一」しか教えてもらえなかったことに私は不満をもっていたのです。「法学」を学ぶなら、「法のイロハ」から教えてくれるものだと、考えていたのです。世界史なら「原始時代~現代」...数学なら「代数幾何」を章ごと... でも大学は違うのです。

 大学は「自分で学ぶ」ものです。ですから、「法学」を履修したら、新書であろうと、文庫であろうと自分で「概論」は学習しておくべきものなのです。その「概論」の中で特に得意としている分野を講師の先生は色々な観点から専門的に考察してくれる...そこが論点か...この先生はそこをそんな風に解釈するんだ...そんふうに考えると、退屈と思える大学の授業も「輝いて見えてくる」ものです。

 一般教養だけではありません。専門科目に関しても、教わるのではなく「独学で学ぶ」くらいの気持ちで各科目の授業に臨まないと、効果は半減してしまいます。関連知識は授業の10倍くらい仕入れるくらいの気概がないと面白くなるはずがないのです。ましてや、「テストに出るところを...」なんてナンセンスもいいところです。

 私の大学4年間の成績は、ほぼ「A」または「AA」(いわゆる「優」)でしたので、真面目に学問に取り組んだのだと思います。大学での勉強の向き合い方が「人任せ」であったために、期待されるほど身に付かなかったのではないかと思います。姿勢が間違っていたのです。

 現在の大学では、昔より丁寧な授業内容と進行がされていると思います。ただ、大切なのは「姿勢」です。もし、大学の授業が「退屈」と感じるのであれば、自分の「姿勢」を振り返るのも一法かもしれません。

 お試しあれ🙂‍↕️