おじさんの戯言 猫付き

英語好き、猫好きのおじさんの戯言

だから~っ「読み書きそろばん」なんです!!😤

本日は、小中学生の学力低下についてのお話。

 まず、次の記事を見てください。

そして、その「低下」の経年グラフが次です。

 塾の経営者の分析が続きます。

「2020年度の指導要領では小学校での探究学習やグループワークの授業が組み込まれました。そういった授業が増えたため、基礎的な知識を教えたり、それを反復し練習したりする機会が減っており、『読み書き計算』すら身につかない児童が増えています」

 そして公立の小学校の先生が証言します。

「グループワークや探究学習は“応用編”です。塾に通っていて基礎学力が十分にある生徒にはプラスになりますが、そうでない子にとっては逆効果です。基礎学力定着のための授業自体が減り、十分な下地がないままでグループワークや探究をやっても、結局は“ついていけない”だけなのです」

 そして、都立大学法学部教授で『憲法の学校 親権、校則、いじめ、PTA――「子どものため」を考える』の著者の木村草太さんの話等が続きます。

「探究学習やグループワークは効率がよいとはいえないので、そちらで時間が取られ、計算ドリルをやったり、語彙を覚えたりという習ったことの反復学習をする時間が捻出できなくなってしまっています」

グループワークは効率がよくない。例えば、講義式の授業の場合、教師が効率的に知識を伝えていく。一方で、グループワークの場合、生徒が自由に発言をするので、それで時間が割かれ、正しい情報の伝達の効率が悪くなる。児童が的外れなことをいい、それが「なぜ間違っているか」を教師が説明していたら、それだけでも時間が消費されていく。

先に紹介した「時間ってなあに?考えてみよう」といった授業を優先的にやることで、時間の計算という生きていくために大切な知識や技術を教えられないことになっているのだ

 この状況を文部科学省のお役人はどう思うのでしょう。実際に、小・中・高に授業参観に行ってみたらいい....グループワークの中身を精査してみたらすぐにわかります。ワイワイ、がやがや、児童・生徒が話し合っている中身をようく観察してほしい...それも一時間の「研究授業」ではなく通年通して。だいたい、「できる子」が答えを出す...できない子はその「答え」を繰り返すのみ...自分の主体的意見...あまり考えもせずに言いっぱなしの意見、意見ではなくがほとんど感想...です。なにしろ、「基礎」の部分ができていないのだから。

 その一方で、「学力低下」が見られない例も記事に続きます。

大阪市立小学校教諭で『先生を続けるための「演じる」仕事術』(かもがわ出版)の著者、松下隼司さんに学力低下について質問を投げかけるとこう返ってきた。「調査で全国的な学力低下の傾向が見られても、自校では低下は感じません」。

その理由を聞いていくと「基礎知識もしっかりと授業で教え、その定着のために必要な宿題を課しています」という理由があるのがわかる。ようはちゃんと基礎学力が身につくような指導をしているのだ。ただ、こうも話す。

「カリキュラムの量が増えたので、とにかくスピーディーに授業を進めないといけません。そうなると、ここの部分は理解しにくいようだなと感じてもそこで立ち止まって時間をかけて教えることはできなくなっているのかもしれません」

 何事も、「基礎の定着」が肝なのです。

 結局、「すばらしい理論」も机上の空論で終わっては意味がないのです。「できる子」と「できない子」の差は広がるばかりです。さらに、裕福な家庭の子は学校で何をやろうと、塾で学習できる。そうでない子は学校の「勉強をした気分の学習」で終わる...そして、その状況を救うのは従来型の寺子屋授業なのです。

 それは、国語や算数だけではありません。学習指導要領が変わるたびに英語の早期英語教育が促進されますが、イメージは変わりません。英語の「読み書きそろばん」のレベルが済まないまま一歩も二歩も先のステップ「コミュニケーション能力」に進むのです。「読み書きそろばん」のレベルは塾で...となるのです。

 私は、伸ばすべき能力の理論的な方向性として絶対間違っていないと思います。ただ、それが生きるのが児童・生徒の上位2割と思います。残りの8割は、残念ながら「基本的能力(いや技能)」も不完全なまま上級に進んでいくのです。

 当然、現在の教育方針で成長して先生が、同様な教育を継続する...さらに地元教育委員会は、そのような授業をする先生を評価し、「読み書きそろばん」的なトレーニングをする先生を『指導』したりする...決してよい状況とは思えません。

 私は、実証実験をしてもいいのではないかと思います。先進的な教育を施すクラス、「寺子屋式授業」に重点をおいたクラス(もちろん昭和初期の完璧一方的講義式授業ではないですよ)で、です。

私は、驚異的な「識字率」を誇ってきた日本の教育が危機にさらされていると思います。