本日は、「錯視」、いわゆる「目の錯覚」のお話。
先日『読売新聞 R7 11/13付朝刊』『ニュースの門』の紙面で、「目の錯覚」について掲載されました。紙面に掲載されていたのは、学校の教科書でも使用される錯覚の例です。

また、記事にはこの「錯覚」(蛇の回転)にAIでも騙された...と書いてあります。この錯覚を利用して実用的な分野でも応用されているとのこと。

もちろん、各地にトリックアートの美術館が建設されていますし、スーパーで売っているみかんのネットもこの「錯覚」を利用して美味しそうに見せていますし、生鮮食品の調光によって「鮮度」をあげています。この「錯覚」は何度見ても「騙される」のです。そして、原理を説明されても、そう見えてしまうんです。ある意味では、料理における盛り付けや盛り皿、テーブル飾りや照明、店舗における商品の陳列...合コンで引き立て役を連れて行く(失礼)...も同じ。そう考えて行くと、もしかしたら、我々の周囲の世界はそのような「錯覚」や「幻影」でなりなっている?...と疑ってしまいます。ですから、昨日まで、あんなに素晴らしいと思えていたものが、憑き物がおちたように、単なるくだらないものに自分の中で格下げになったり、尊敬の対象が、いきなり侮蔑の対象になったり、「錯覚」から目がさめることもあるわけです。それでは「錯覚」に騙されない....必要なのは「心眼」なのでしょうか。洞穴の中でも(視覚が役に立たたなくても)ものごとを察する力を「洞察力」(なんと英語でも"insight"と言います)といいますが...記事を読みながら、そういった力を備えて実生活での「錯覚」にだまされないようにしないと...などと、ふとそんなことを思った「おじさん」でした😓