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英語好き、猫好きのおじさんの戯言

今回の選挙で「思うこと」④もう一つの審判 最高裁判事の国民審査🗳️

本日は、衆院選と同時に実施される最高裁裁判官の「国民審査」の話題。

 皆さんは、投票所に行った時、「小選挙区」「比例代表」の候補者に関しては心に決めていることが多いと思いますが、最高裁裁判官の「国民審査」については、ついうっかり忘れていた...なんてことありませんか。

 実は、私はそういったうっかり者の1人、いつもあの場に行って困ってしまうパターン...わけもわからないまま「罷免しろ」とも言えないのでだいたい白紙で提出してしまうことが多かったのです。ただ、最近色々な事件や出来事が周囲で起こっているので、今回こそは...と下調べをして臨みました。ネットでもいくつか情報が出されていましたのでチェックしたのですが、どうでもいい判事の「趣味」なんてを詳細に報じている記事もあり、やはり最後は『選挙公報』、すべて読みましたが正直よくわかりません。結局は、まだ着任から日も浅いので判事としての大きな判決は出していないとのこと...これでは「×」のつけようがない...どう「審査しろ」というのでしょうか。それとも、「×はつけるな」ということでしょうか。

 私は、判断材料が欲しいです。もちろん、判事の政治的思想を「たられば」で公表することの危険は理解できますが、「国民のために公平な裁判を目指します」では、当たり前すぎて判断できません。少なくても、政治的信条や見方はわかりやすい例を支障のない範囲で、毎回共通のアンケート形式で判事の回答を公表するようなことができないだろうか。

 最近では、テレビや映画で、裁判官の出世は「いかに多くの裁判を効率よくこなしていけるか」にかかっている、また検事・政府に対して「忖度できる判事でないと飛ばされる」なんてことをまことしやかにやっている(テレビ、映画の見過ぎと言われてしまいそうですが)のを見ると、どうよ、と思ってしまうのです。その最高トップである最高裁の判事に関しては真面目に見ていかないと「司法」は崩壊します。つまりあまりに一般人とかけ離れた性向をもった判事は排除すべきだと思うのです。なにしろ、日本は縦社会...すべてはトップの動きに右にならえですから大切なのです。行政も、教育もみれば明白です。

 また、一方で審査する国民の中にもアホがいる。審査を「お祭り」と間違えている輩がいる...さらに面白がって同調する人間も少なからずいる...それに関する記事が掲載されました。「最高裁判事の国民審査」の結果は総合的に考えてSNSの投稿が影響しているらしい...記事の中では「とにかく×をつけよう」なんている投稿が多かったらしい...それに乗った国民も多かった...こんないい加減な国民に投票権など必要なのか...と憂いてしまいうのは、時代から「老害」といわれる高齢者だから?

  審判を受ける方も、審判をする方も、誠実に対応しなくてはいけません。また、我々有権者がしっかりとした判断ができるように、司法もわかりやすい資料を提示するなど、工夫をすべきではないでしょうか。

下の記事は『読売新聞 R8 2/11付』のものです。