本日は、文部科学省が導入しようとしている『格付けランキング』のお話。
まず、下の記事(『読売新聞』令和8年3/15付)を見てください。

きっと、地方の大学の理事長、学長、経営者たちは朝、朝刊に目を通してひっくり返ってしまったのではないでしょうか。
大学・学部別に4段階評価...偏差値ではなく
『大学があらかじめ学部ごとに設定した、学生が卒業までに身につけておくべき資質や能力に基づき、授業の成績など学修状況や、成長実感や教育への満足度に関する学生調査結果、就職率などの指標を用いて第三者機関が評価付けを行う』というもの。
いわゆる、学力だけではないですよ、総合的に大学を評価しますよ...いわゆる「観点別評価」の導入です。
導入の目的は
『大学全体の規模縮小を図りつつ、地方での教育機会確保や学生の能力を高める教育研究の質向上を求める』
誠に、正論です。その実は?私は、以前から財務省筋から突き上げられいる「大学に入学している英文科の学生がbe動詞や一般動詞の区別がおぼつかない...理系の学生が四則演算をやっている...おかしいだろ~」の流れから「大学教育の質的向上を目指していかないとヤバイ」...それではここらで一発喝をいれなくては...ではないかと思っているのですがどうでしょう。その方策が「格付けランキング」ですか?大学の序列を「見える化」してどうするんです。大学別ではなく学部別まで細分化して...同じ早稲田大学でも学部によってランクが違う...入学してくる学生の「心」を思っているとは思えません。当然学生の意識も違ってくる...入学してしまった学生は自分の頑張りと関係なくラベルを張られてしまうんです。タワマンの上層階に暮らしている人間と、下層階に暮らしている人間の「見えない差」を感じることになるのは目に見えている。ましてや、その規準があいまい...ましてや、Fラン大学はどうなるんでしょう。ほとんど「要改善」です。どの観点から見ても「要改善」にならざるを得ない。入学してくる時点で、学生が違うんです。第三者機関が判断しなくても、高校の教員が1週間も大学の授業を見れはすぐに結果は報告できます。「要改善」の大学と公式に認められた大学の卒業生を企業が採用しますか?今以上に厳しくなります。いままでのぼんやりとした「ボーダー」なら中には光る原石もあるのでは...と企業の担当者も期待を込めて最終面接までもっていく場合もあるけれど、文科省が「要改善」のラベリングをした大学の学生を採用するとは思えません。文科省が大学に入学した時点での学生を個々の学生の能力と個性を無視して一緒くたに公式に「格付け」するのです。文科省が、それは大学への叱咤激励だといっても個々の学生には関係ないのです。ダメ出しの念押しをやめてあげてください。
本気で大学の学修内容を底上げしたいなら、日本の教育システム自体のコペルニクス的転換をはからないといけません。「大学」の設置基準から「学士の厳格化」まですべて行わなくてはいけません。さらに「大学」のそれを変えるなら、「高校」のそれも変えなくてはいけません。あり得ないでしょ?
システムには、手を入れた方がいい場合もあれば、放置していた方がいい場合もあります。今回の「格付けランキング」は悪手です。「大学教育の底上げ」は別の方法を考えるべきです。でも、中心になるのが「デジタル教科書」でも活躍した中央教育審議会です。きっと結論ありきでまた進むのです。
そんな既存のシステムを混乱させる制度を導入しなくても、大学という名ばかりの機関は放っておいても自然淘汰されていきます。事実、現在でも閉校に追い込まれている大学は毎年あります。確かに、そういった大学への指導や助言は必要かもしまれません。それを公表する必要があるのでしょうか。閉校する大学の数を加速させるだけです。
文部科学省に「武士の情け」はないのでしょうか。バブル期になんでもかんでも大学の設置を認可し、「大学の受験地獄」を緩和...人口減少が減少し、Fラン大学への注目が集まりだしたら慌てて何か手立てを...です。バブル期に設備投資だといって金を貸しつけておいて、バブルがはじけたら「金返せ」の「貸しはがし」を彷彿とさせます。
『読売新聞』令和8年3/17付に次のような記事が掲載されていました。よい方向性だと思います。
私は、「要改善」となるような大学に対してこそ、単なる『大学格付けランキング』で、ダメだしをするのではなく、上記のような統廃合、連携等の助言をし、生き残りを助けるような方策をとることができないでしょうか。ちなみに、上記の大学は観点別評価をすれば第三者機関が評価を待つことなくどこも★★★です。
私の教え子には、Fラン大学に通う子もいます。どんな教え子にもどんな段階においても平等なチャンスを与えたい...と願います。