おじさんの戯言 猫付き

英語好き、猫好きのおじさんの戯言

それは、年をとった証拠です🧓🏻👵🏻

本日は「老いる」お話。

 最近、年をとったな..と実感することがあります。運動能力だとか、忍耐力だとか、客観的に出てくる「老化」ではなく、普段の生活をしていてふと感じる「老化」。

 まず、「むせる」ことが明らかに多くなったような気がします。汁もの、飲み物を飲んだ時、以前よりも明らかにむせます。カミさんに言わせると、「飲み込む力」が衰えている証拠とのこと。そういえば、「咳払い」もしているような...それも同じ?お餅をのどに詰まらせて...なんてお正月あたりに老人のニュースが流れますが、他人事ではいられないのかもしれません。

 また、老人同士の会話に「老化」を感じることが多くなりました。ジムに行ったりすると、「高齢者率」はイメージよりはるかに高いです。運動している最中は、(特に)男性は息があがっていることが多いので会話をする余裕はほぼありません。ですから、会話の多くは、脱衣室で...浴場で...となります。基本的に男性はしゃべらないので静かなのですが、耳が遠いためか、声がデカい...道のこっちとあっちで話しているような感じ...その上、お互い話がかみ合ってなかったりして...

 さらに、これに記憶力が減退が加わると、笑い話そのもの。口には出かかっているけれど正確に思い出せない...ありますよね。まだ、若いうちは、「思い出せないこと」がモヤモヤしてネットでさっと調べたりするのですが、年を取るとそれも面倒...話を聞いている相手も、「あ、そう、そう、アレね」と勝手に解釈して話は進む...しばらく話していると全く別の「人」・「モノ」について話していることが判明する。高齢者は、その「ズレ」を直すのも億劫なので「そう、そう、そういえば話変わるけど...」と全く別の話題に移る...あるでしょう。

 走る、飛ぶ、歩くといった能動的動作の衰えは自覚しやすいですが、ふとした瞬間に「老い」を感じることもあります。どこへ行っても寄りかかる癖がソレです。エレベーターに乗った時、電車に乗った時、壁のある所へ無意識に行って寄りかかったりします。楽なんです。足腰の鍛錬などと、吊革につかまらないように踏ん張っていた昔がなつかしい。

  あ、そうそう。暗証番号を口に出すのも「老い」かもしれませんね。職場のPCを立ち上げる時、また買い物でカードを利用する時...なぜか口にだして確認してしまう...あぶないですね(それほど財産がなくても)。

 デジタル関連で言えば、飲食店のタブレット注文やライン注文...ダメですね。教え子に聞くと、「別に不便は感じない」とのつれないお言葉。飲み屋で飲んでいる時なんて、話が途切れてしまいます...だいたい相手も年よりだから。先日、高齢者の集まりで(9人)、タブレットを使って注文していたのですが、色々なところを押していて、ようやく「確定」を押したと思ったら、厨房からお兄さんがやってきて、27杯の「生」って本当ですか...いつの間にか3回やっていたのですね😅機械に疎い、いやデジタルに疎いのも「老い」ですね。

  さらに、短期記憶が弱くなる!?...先日、知人と個室タイプの居酒屋で飲んでいました。中座してトイレに...こういうタイプの居酒屋はどの部屋も似ていて、碁盤の目のように配置され迷路のようになっていて、気を付けないと迷子になります。ここの角を曲がって...ここにフロントが...と覚えていたはずが、用を足して出てみると???どの個室も障子が閉まっているし...自分の部屋に帰るのに行きの倍以上かかりました😓

 あとは、「老害」の一つである「怒りっぽくなった」ですかね。前頭葉が縮小化することによって物理的にそうなると言いますが、性格にもよりますね。あと、子ども返りではありませんが、他の人と関わりたい...それが「ひねくれた形」で表面に出てくることもあるような気がします。コンビニでアルコールを購入する際、タッチする「あなたは成人ですね」の確認ボタン...高齢者、店員だって義務で表示しているのだから、黙ってポチとすればいいものを、「見ればわかるだろ」と一言言ってしまう、しかも同じことをその度に繰り返す...きっとバックヤードで「まただ」と言われているパターン..ただ、若者よ...高齢者の中には若い人に構ってもらいたくてそういう態度をとっている人もいるのではないかと思うんです。「え~、若く見えるから未成年かた思った」くらいに、切り返してくれると、高齢者も内心喜びます。「そんな暇じゃね~んだよ」...そうですね😓

 本日の結論。人は誰しも年を取ります。昔から言われていること...どんな人生を歩もうと「生老病死」だけは平等にやってきます。ただ、その中の「老」の進度は人の努力によって変化すると言います。「年をとった」と感じたら、それに抗う努力はした方がよい「終わり」を迎えるような気がします。

 一番良いのは、外界との関わりをもち、刺激を受け続けることだと思います。それが、運動であろうと、新しい趣味であろうと、勉強であろうと、サークルであろうと...私は、幸運にも前職が「教職」であったことも関係し、現在の「非常勤講師」の立場で若者から多くの刺激をもらう立場にいます。職から得られる「お金」以上のものを享受できています。

 人間誰でも思うこと、「死ぬまで元気で健康でいたい」。教壇で刺激を受けて、そのお金を「一人旅」につぎ込む...私の、「老」に抗う方法です。