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60代からの「一人旅」🚈奈良二泊三日の旅④大和郡山~豊臣秀長の訪ねて~

本日は、先日「一人旅」をした奈良二泊三日のレポート。

本日は、2日目「大和郡山」のレポート。

 1日目 明日香村観光と樫原神宮

    2日目 豪商の街「今井町」の見学と豊臣秀長の街「大和郡山」

     奈良の新名所「ならまち」

 3日目 西の京「唐招提寺」と「薬師寺」

 今年度新たに始まったNHKの大河ドラマ「豊臣兄弟」の主人公、豊臣秀長の街「大和郡山」を訪ねました。とにかく、町あげて盛り上げようとしているのが肌で感じられます。どこを見ても「秀長」の幟があります。

《秀長の基本情報》

豊臣秀長は、天下人・豊臣秀吉の弟で、戦国から安土桃山時代にかけて活躍した武将です。もともとは羽柴秀長と名乗り、秀吉が関白となって「豊臣」の姓を賜ったあとに、同じく豊臣姓となりました。

🧠 役割と人柄
補佐役としての活躍
秀吉の軍勢の中で早くから主力として戦い、伊勢長島一向一揆や但馬攻めなどで先鋒や総大将を務めました。さらに中国攻めや四国攻め、九州平定など、秀吉の主要な合戦に深く関わり、領国統治も任されています。
政治と調整役
領地では年貢や検地を安定させ、寺社勢力も上手に取り込みながら大和国などを穏やかに治めたとされています。人柄は温厚で、他の大名からの信頼も厚く、秀吉と諸大名との間をとりもつ「調停役」としても重要でした。ドラマでもそのような描かれ方をしていますね。
⚖️ 「太閤の賢弟」とその評価
秀長は「太閤の賢弟」と呼ばれ、戦でも政でも頼りになる存在だったため、「もし秀長がもっと長生きしていれば、豊臣政権は長く続いたかもしれない」とよく語られます。

 大和郡山はそれほど大きな町ではありません。見どころを1周して約3時間程度です。当日は、あいにく小雨がふっていたので少々歩くのに苦労しました。

「るるぶ奈良'27」掲載のコースにしたがって散策。

f:id:cholari:20260401124954j:image《大和郡山城》

 大和郡山城の起源は、中世の小さな城郭から発展したと考えられていますが、本格的に歴史に姿を現すのは戦国時代以降です。豊臣秀吉の弟・豊臣秀長が入城してから、大規模な近世城郭として整えられていきました。外郭を広げ、堀と土塁で城下町ごと囲い込むように整備し、城と城下が一体となった大規模な城郭都市をつくり上げたとされています。現在の大和郡山市の市街地の骨格は、江戸時代、譜代大名が治めるようになってからです。

〇 天守 

 残っていません。天守台とその周囲の石垣、濠が残されているのみですが、市街地に続く「櫓」も含めその規模をみるともしその天守があったらさぞ威容を誇っていただろうと思われます。また、天守台には「さかさ地蔵」のような「見もの」もあります。

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《秀長菩提寺「春岳院」》

 鎌倉時代中期に「東光寺」として創建され、その後、豊臣秀長の戒名「大光院殿秀長春岳大居士」から「春岳」の二字を取って「春岳院」と改称されたと伝えられています。また、奈良の観光パンフレットでは、豊臣秀長を祀る寺院の一つとして、壷阪寺、長谷寺と並んで「春岳院」が紹介されています。

 市内でここが一番「秀長ブーム」に対応している場所ではないでしょうか。本殿、左には臨時受付のプレパブが設置され、中には受付の他、必死に用意したであろう記念品など並べられています。本殿も白木で修復がされ(クラウドファンディングで資金を集めたようです)、本殿に進むとボランティアガイドの人が一通りの説明をしてくれます。

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《本家菊屋 本店》

 老舗和菓子店で、創業は江戸時代までさかのぼるとされています。特に有名なのが、秀吉が茶会を開いた時に秀長が供したお菓子と言われている「御城之口餅(おしろのくちもち)」で秀吉が大層気に入ったというものです。ちょうど、テレビか何かの取材がはいっていました。

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《箱本館「紺屋」》

 江戸時代から藍染業を営んできた町家を改装した施設で、奈良県大和郡山市の城下町エリア「箱本十三町」にあります。建物の雰囲気を残しつつ、藍染や金魚にちなんだ展示・体験ができる観光スポットとして整備されています。

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《源九郎稲荷神社》

 「洞泉寺」と隣り合っていますが、入口が少々わかりずらいので注意が必要。「源九郎稲荷」の幟が目印です。

 歌舞伎や源義経ゆかりの、少し不思議な雰囲気のあるお稲荷さんです。「源九郎狐」の伝説で知られています。源義経が、守り助けてくれた狐に自分の名「九郎」を与えたという物語が由来とされ、古くから信仰を集めてきました。

 社務所には、「源九郎くん」グッズも販売しており、社の不思議な雰囲気とは違った一面も見えます。

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《洞泉寺》

 鎌倉時代にさかのぼる阿弥陀如来信仰の寺院で、郡山城下町エリアの中で信仰と地域生活を支えてきたお寺とされています。明治以降、この周辺は「洞泉寺遊廓」としても知られるようになったようです。だから入口がわかりにくい?

 

《郡山八幡神社》

 1491年ごろに創建されたとされ、郡山城の鎮守として歴代城主から崇敬を受けてきた歴史ある神社です。

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《大納言塚》

 「大和大納言」と呼ばれた郡山城主として大和・紀伊・和泉あわせて約100万石を治めた豊臣秀長の墓所と伝えられる場所です。一度、近鉄郡山駅に戻り、線路をまたいで徒歩15分弱のところにあります。

 ひっそりと佇む墓所の前には「砂」を使ったお祈り所が設置されており、蓋をとり砂を3回穴を通すと願いがかなうそうな...私もやりました。

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《「コロッケ」(90円)》

 近鉄郡山駅前のコロッケ屋さんが人気があり、みな揚げたてを頬ばっていました。私も...あつあつおいしかった~

 そして、本日の2日目の宿泊地奈良に向かいます。ホテルに入る前にもう一か所、今回楽しみにしていた《ならまちの散策》があります。今、売り出し中の《ならまち散策》は次回の投稿で🤗