本日は、戦前大日本帝国の根幹をなしていた『教育勅語』のお話。
先日、広島市長が過去15年、職員の研修資料に『教育勅語』を使っていた...それが問題となり、取りやめた、という記事が出ました。
新聞社によっても微妙にニュアンスが違います。
『朝日新聞』

『産経新聞』

『産経新聞』の方が、市長の気持ちに寄り添った形での掲載です。
『朝日新聞』、『産経新聞』、それぞれなるほどね...と思います。
皆さんはどう思いますか?「温故知新」でしょうか、それとも「保守反動」でしょうか。
『教育勅語』は第二次世界大戦以前の教育理念そのものです。

下は、『教育勅語』の現代語訳です。『詳しすぎる教育勅語』より引用。

宮城県神社庁は、その骨子の「教え」は次の12だと述べています。

私は、多くの方からお叱りを受けるかもしれませんが、第二次世界大戦後、日本は「民主化」という革命に近い意識改革を行う上で、過去のすべての価値観を正しいこと、正しくないこと、すべてを一緒くたに「否定」し、捨て去ってしまったのではないかと思います。そのくらいの「覚悟」がなければ価値観の逆転を飲み込むことができなかったのも理解できます。でも、上記の12の「教え」のうち、日本人のDNA入っていないものがあるでしょうか...「12.義勇」あたりは、今でも「軍国主義者か」と言われそうですが。
ですから、広島市の職員だけでなく、日本人として「大切にしたいこと」として残すべきことだと私は思います。江戸時代の会津藩の『什の掟』と同様です。上記のことが徹底できれば、現在の日本の諸問題は「いじめ」~「トクリュウ」まですべて解決します。ただ、なぜ敢えてあれだけの傷跡のこした第二次世界大戦の精神的バックボーンとなった『教育勅語』を持ち出さなくてはいけないのか...私には理解できません。しかも、広島で。わざわざ、正面切って『教育勅語』という言葉を使わなくてはいけないのか...単に「広島市職員として守らなくてはいけない心得」として教えることができなかったのか、と考えると、過去の忌まわしい亡霊が復活してくるのでは...と勘繰られてもしかたないです。
※会津藩『什の掟』会津藩士・基礎の心得「什の掟」 | 八重の桜
日本では、安全保障といった何か日本の方向性を決めるような時になると、水底に沈んでいた澱(おり)が浮かんでくるように、この話が沸き起こります。
私は、過激な「市民団体」でもありませんし、「復古主義者」でもありません。素直にうなずける「美しい日本」を目指したい、日本人の1人です。全国にも同様に思ってくれる人が多いことを望みます。
ただ、皆さん。実は今回の『教育勅語』の話題よりも、「武器輸出」を促進する政府の動きのほうがヤバいです。日本は平気か?
