本日は、教え子との20年ぶりの再会したお話。
一般的には、教員は同じ学校に専任として赴任することはありません。同じ学校に勤めるとしたら、管理職で戻るか、専任でなく、臨任(産休補助など)、再任用(仕事量は変わらず、給料は60%に減額)、非常勤講師(時間給)で戻るかのどれかです。私は、現在2校で非常勤講師で勤務しています。その一つは、20年以上も前に勤務した専門高校です。普通高校では、長くても8年くらいのサイクルで転勤しますので、自分が旧赴任校に戻ってきたとしても、旧職員に合うことはほぼありません。が、専門高校はその「専門性」から臨任・再任用・非常勤講師も旧職員であることが多いんです。数年前からお世話になっていますが、最初はビックリです。20年以上も前の先生が、そのまま年を召されているのですから...相手もビックリ...また「専門性」から、卒業生が教員になっていることもあります。教え子から挨拶されてまた、ビックリ...あんな細かった〇〇君が、こんなに恰幅よくなって...言われないとわからない....
前置きが長くなりました。今年から新任の専任として卒業生が教員でその「専門校」で採用されました。私は、その学校には週2日しか勤務していないし、非常勤講師ですから、自分の関係する教科以外は面識はありませんが、(講師用の職員室に)挨拶に来てくれたんです。私の当時その学校で受け持っていた2つ学年の下の子で、英語を教えていました。専門高校は、「科」での結びつきが強く、1~3年まで一種の家族のような存在なんです。3年間担任も変わりません。その新任の先生は、私の担任していた生徒がクラブの先輩にあたり、偶然前に勤めていた会社で世話になっていた...連絡を取り合っている...との話を聞いて、機会があったら元気な顔をみたいな...と伝えたところ...それが早いんだ...話をしてから数日後に、スマホを片手にやってきて「先輩です(私の教え子)、出てください」、人間、声は変わりません。電話口で声を聞いた瞬間20年前に戻ります。その生徒も私の声を聞いて、鳥肌(?)がたったと言ってました。現在、30人近く乗船している漁船の一等航海士をしているとのこと、現在、船が東北にドック入り...少し話をして関東に来たら連絡を...と話したら、また早いんだ、数日後には、三日後に会えませんか...その新任の先生を含め3人で食事会...
教え子が一番気にするのが「自分を覚えてるか」なんです。ただ、3年間担任やったクラスの生徒の顔を忘れないものです。S君は本当に真面目だった...そして何より級友に対して優しかった...1年に入学した時から、漁師になるんだ...と決めていたS君。その通りに生き、今や40歳...彼の口から「上からの締め付け、下からの突き上げ、先生なかなか大変なんですよ...」なんて言葉を聞き、そんな年になったんだ...と思わず笑ってしまいました。昔話や、一緒に同席した新任の教員への激励を含め時間はあっという間に過ぎ、1軒目で終わらず、2軒目へ...気がつくと夜も11時...会計はすべてS君もち...その上、帰り際、現在の住まいの名物までもらって帰路につきました。よく飲みました。
最近では、教え子との連絡先交換もままならない世知辛い世の中となりました。そんな時代に教師をやっていなくてよかったな...とつくづく思います。
定年してから、部下にそっぽ向かれた...取引先の人間から冷たくされた...付き合いはあくまで役職や肩書に対してだけだったんだ...なんて話よく聞くではないですか。それからすると、なんて恵まれているんだ...と心の底から思います。教員採用試験の倍率が落ちてきていると聞きます。ただ、若者には、苦労の先にはこんな「ほっこり」も待っていることを忘れないでほしいと思います。
