おじさんの戯言 猫付き

英語好き、猫好きのおじさんの戯言

備長炭と教員:メビウスの輪の中で巡る日々

 現在、定年退職後、非常勤講師(英語)としていまだに教壇にたっています。教職とは不思議な職業で生徒が高校入学後3年経つと卒業していく一方で、教員は3年が終わるとまた1年に戻り同じサイクルで働き続けます。まるでメビウスの輪をひたすら忙しく走りまわる二十日ネズミのような存在です。いつも相手は15~18歳の若者、自分もまた15歳に戻って最初からスタートする(した)気分でいるのです。そしていつまでも年をとることを忘れた現代版ピーターパンのような存在で定年を迎えるのです。周囲から見ればすっかり高齢者なのに、本人はそんな自覚がない...意気だけは軒昂で「ファイト!一発!」みたいな。私もそんな1人です。働き盛りのころ、「あ~私も年を重ねたな。いつの間にか生徒の親と同じ世代になっちゃって」と同僚と笑いながら話していたら気が付いたら生徒の祖父母と同じ世代になっておりました。「高齢者」にまさか自分がなるとは!(現在66歳です)未来に向かって歩いているというのは錯覚で、実は自分は立ち止まっていて、未来が勝手に私に向かって進んでいるのだと初めて気が付きました。年に抗おうとしても事実は前からやってきます。久しぶりに沖縄のきれいな海でシュノーケリングでもやろうかなと旅行の計画を立てていましたら、ツアーの年齢制限が65歳となっているものが多くショックを受けました。また、公園の入場料も割引に(良いことですが)。また、コロナ禍の中で教え子の1人がメールで「コロナでやられてないでどうすか?(老人が亡くなっている)ニュースを見て急に心配になりました。いつまでも元気でいてくださいね」俺ってそんな年だっけ?嬉しいような、哀しいようなビミョーな気分でした。

 日本では高齢化が進み四人に一人が高齢者...また人生100年時代に突入しようとしています。高齢者は「燃えカス」ではありません。適度に火が入り、静かに、しかも盛んに遠赤外線を出している備長炭だと信じています(いや信じたい!)ただ老いることを寂しがるのではいけないと思っています。私は幸運にも教職についています。私は英語教師ですので、英語を教えることで生徒に「大切な何か」を伝えることで「備長炭」の意地を見せたいと思います。生徒にうるさがられても、うとまれても。