本日は以前に投稿した「デジタル教科書」の続報、というよりまとめ。そして、それ以降の文部科学省の姿勢についての話。
1/16付『読売新聞』の一面~二面に掲載されました。令和6年 10月掲載の(上)(中)(下)の3本立ての特集記事のまとめと思われます。これまでの動き等も簡潔に掲載されています。さらに、1/19付であと追いの記事が掲載されました。
まずは、1/16付の記事から。


それでは、次は1/19付の記事です。


以前の11/25付の投稿でもお話しましたが、私は「デジタル教科書」は失敗だと思います。ただ、評判が悪いから、強制はできない。選択にする...なぜ「デジタル教科書」の失敗を認めず、このような苦し紛れの方針を打ち出すのでしょう。間違いは絶対に認めない...またそれを推進した人間も「国(文部科学省)」の看板の後ろにかくれて当然責任をとらない...「ゆとり教育」の時もそうだった、「民間英語資格試験の大学受験への導入」の時もそうだった...いつも同じなんです。無責任ではありませんか。教育へのIT活用は必要だと思ますし、有効だと思います。ただ、全国の教員の「生の声」を聴いて必要と思われるところに時間とお金をかけてほしいのです。おそらく、これだけの規模のプロジェクトですら、実証実験や検証作業をして進めていると思いますが、結果ありきの検証ではなかったのか、と思います。上で方針が決まったら上の意向には逆らえないんです。下は流されてしまうんです。流されないと、出世もできないでしょう。私は現在の教育行政は「裸の王様」だと思っています。「デジタル教科書」はその一端です。各都道府県の教育委員会を通して個々の教員からの「建白書」を募集したら、少しは地に足のついたアイデアが出てくると思いますが。
以下は以前に投稿した記事です。